売れない
もう限界だ。 先月の売上はたったの4本。1本400円として1600円。かたや制作費は脚本に3万円、声優さんに3万円、音声編集に3万円。1本あたり10万円の制作費を投じて、たった800円の売上。赤字も赤字も、これはもう底なし沼としか言いようがない。 さきほどから始めたASMR制作。「需要があるのに供給が追いついていない」「シナリオと声優と編集にこだわれば、絶対に売れるはず」。そう信じていた。だから惜しみなく投資した。一流のシナリオライターに発注し、人気声優を起用し、プロの音響編集者に仕上げを依頼した。 最初の作品は「保健室 」というタイトルで、保健室にやってきた傷を負った生徒が同じく先生に傷をいやしてもらいつつ徐々に問題行動に巻き込まれていくというストーリー。シナリオライターには「オネショタ要素を入れつつ、生活音でリラックスできる展開で」とオーダー。声優さんには「クールだけど、心の奥には優しさがある」というキャラクター設定を細かく説明。音響編集には「バイノーラル効果を最大限に活かして、まるで隣にいるような臨場感を」と要望した。 結果、出来上がった作品のクオリティは間違いなく高かった。試聴版を聴いた時は、背筋がゾクゾクした。「これは売れる」そう確信していた。 しかし現実は厳しかった。 発売初日の売上は5本。1週間で計4本。その後はパタリと止まり、月末までに追加で2本売れただけ。宣伝用にDLsiteでの広告費用も使った。それでもこの結果だ。
なぜ売れない?
「なぜだ?」 毎晩のように考える。作品のクオリティは間違いなく高い。シナリオは練られているし、声優の演技も素晴らしい。音響効果も一級品。なのになぜ売れない? 考えられる要因を列挙してみた: 価格が高すぎる?(800円は業界標準なのに…) 宣伝が足りない?(でも広告費は既に散々投入している) タイミングが悪い?(いや、むしろASMRは今が旬のはず) 題材が魅力的でない?(でも王道な展開のはずなのに) 実績のないブランドだから?(けど作品の質は確かなのに…) 答えが見つからない。というか、答えを見つけたところで、既に投資した制作費は戻ってこない。 3作目の制作費用も既に支払い済みだ。これも10万円超。「お姉さんのいるメイド喫茶で」というタイトルで、来週には完成予定。でも、もう期待する気力も残っていない。 友人には「同人誌とかと同じで、最初の10作くらいは我慢だよ」と言われる。確かにそうかもしれない。でも、1作10万円以上かかる制作を、赤字覚悟で10回も続ける余裕はない。 声優さんからは「次回作も是非お願いします」とメールが来る。シナリオライターからは「新企画があります」と連絡がある。編集者からは「次はこんな音響効果も試せます」と提案がある。みんな、プロフェッショナルで、真摯な方々だ。だからこそ、中途半端な予算でお願いするわけにもいかない。 貯金は底をつき始めている。クレジットカードの支払いも厳しくなってきた。このままでは生活にも支障が出る。 「やめどき」という言葉が、頭をよぎる。でも、ここで諦めたら、今までの投資が全て無駄になる。かといって続けても、この調子では更に借金が膨らむだけ。 DLsiteのマイページを開くたびに、心が痛む。わずかな売上数を見るのが怖い。評価を見るのも怖い。というか、評価すらほとんどつかない。それはある意味、売れていない証拠。 他のサークルの作品を聴いてみる。確かにクオリティは高い。でも、うちの作品だって負けていない。むしろ制作費だけを見れば、上回っているかもしれない。なのになぜ? 「バズる」という現象は、確かにある。でも、バズるための法則なんて誰にも分からない。それは分かっている。だからこそ、企画の段階で王道路線を選んだ。それなのに…。 正直、もう眠れない日々が続いている。仕事中も、ASMRのことばかり考えてしまう。「こうすれば売れるかも」「あれを試してみれば」。そんな思考の果てに行き着くのは、いつも同じ現実。財布の中身は減る一方で、売上は上がらない。 来週完成する3作目。これが最後のチャンスかもしれない。いや、もしかしたら既に手遅れなのかもしれない。ただ、3作目が完成するまでは、希望を持ち続けるしかない。例え、その希望が虚しいものだと分かっていても。 「やっぱり、同人活動って難しいですね」 先日、別のサークル主から言われた言葉が、妙に心に残っている。確かに難しい。でも、それ以前に、私のやり方が間違っていたのかもしれない。投資が大きすぎた。リスクを考えていなかった。市場調査が足りなかった。 後悔しても始まらない。でも、後悔しかない。 貯金通帳を見るたびに、胃が痛くなる。「趣味に使う」と決めていた預金が、底をつきそうだ。それどころか、既に借金まである。この負債を返すのに、どれだけかかるだろう。 3作目の完成を待つ。でも、もう期待はしていない。ただ、これが最後の賭けになることは、分かっている。 ASMRを聴いて癒されるはずが、ASMRで苦しむことになるとは。人生の皮肉としか言いようがない。
そして俺は相談した
昨日、思い切って大手サークルの主催者に相談のメールを送った。 「作品を聴かせていただきました。クオリティは非常に高いのですが、残念ながら『顧客目線』が足りていないように感じます」 この一言で、目が覚めた気がした。 確かに、私は「クオリティの高いASMR」を作ることばかりに執着していた。でも、実際の購入者が求めているものは、必ずしも「高音質」「プロの声優」「練られたシナリオ」だけではないのかもしれない。 主催者さんは続けて、具体的なアドバイスをくれた: 体験版の充実 現在の3分では短すぎる 最低でも10分は必要 本編の魅力が伝わるシーンを厳選する タグ付けの最適化 現在のタグが少なすぎる 検索されやすいタグを徹底的にリサーチ 特に「シチュエーション」と「声質」のタグを増やす サンプルボイスの戦略 現在は普通の会話シーンのみ 耳かき・マッサージなどのASMR要素を含めた方が良い 「ドキッとする」シーンも必要 価格戦略の見直し 800円は新規サークルには高すぎ 最初は500円程度から始めるべき 実績を積んでから徐々に上げる シリーズ化の重要性 単発作品では信頼を得にくい 同じキャラクターで複数展開 ファンの獲得に繋がる レビュー対策 知人にレビューを依頼するのもアリ 最初の評価が重要 返信は必ず行う SNSの活用 制作過程も発信 声優さんのツイートと連携 フォロワーとの対話を大切に 「お金はかけすぎず、むしろコミュニケーションに力を入れてください」 この言葉が、特に胸に刺さった。 次の企画を練り直してみる: 【新シリーズ企画】 タイトル:「図書館司書さんは、耳声で癒してくれる」 ※シリーズ3部作を想定 特徴: 図書館という場所柄、自然とASMR要素が組み込める 静かな環境音が活かせる 続編が作りやすい設定 耳かき・ページめくり・鉛筆書きなど、定番要素を無理なく盛り込める コスト削減案: シナリオは自分で書く(時間はかかるが、お金はかからない) 声優さんは新人を起用(単価を抑えつつ、フレッシュさをアピール) 音響編集は必要最小限に(むしろ素のままの方が良いかも) 尺を30分に抑える(その分、価格も500円に) 宣伝戦略: SNSでの情報発信を強化 企画段階から進捗を報告 声優さんのプロフィールや意気込みを紹介 サンプルボイスの制作過程も公開 体験版の充実 15分バージョンを用意 実際のASMR要素を含める 本編の雰囲気が十分に伝わる内容に クロスプロモーション 他の同人サークルと相互宣伝 声優さんのSNSでの告知協力 ASMRコミュニティでの露出増加 予算案: シナリオ:0円(自作) 声優:2万円(新人単価) 編集:1万円(最小限) → 1作あたり3万円に抑える 「量より質」から「継続的な作品作り」への転換。これが生き残りへの道なのかもしれない。 とはいえ、不安もある。本当にクオリティを下げて大丈夫なのか?新人声優で聴いてもらえるのか?自作のシナリオで魅力は伝わるのか? でも、このまま制作費の高い作品を作り続けても、確実に破産する。変えられるものから、少しずつ変えていくしかない。 来週完成する3作目。これは既に発注済みなので、予定通り進める。ただし、宣伝方法は大幅に見直そう。体験版を15分に延長し、タグも徹底的に増やす。SNSでの告知も、今までより密に行う。 そして4作目からは、新シリーズを展開。予算を3分の1に抑えつつ、より戦略的な展開を目指す。一度にすべては変えられないが、一歩ずつでも前に進むしかない。 借金の返済にはまだまだ時間がかかる。でも、このままじゃいけないことは分かった。高すぎる理想を追いかけるのではなく、現実的な戦略を立てる。それが、今の私にできる最善の選択なのかもしれない。 ただ、最後の希望として、2作目が少しでも売れてくれることを祈るしかない。その売上が、新シリーズの資金になるのだから。